ビクセン SXP赤道儀レビュー
概要
SXP赤道儀は2011年10月、SXD赤道儀の上位機種として発売された赤道儀です。SXD赤道儀自体、SX赤道儀の上位機種として発売された機種でしたが、SXP赤道儀はそのもう1つ上のラインということになります。価格差はありますが、立ち位置としてはむしろ同社の最上位機種であるAXD赤道儀のダウンサイジング版とでもいうべきものです。
私が購入した時の販売価格は338000円(税込)でしたが、それまで使っていたSXD赤道儀を下取りに出しての交換でしたので、実質、かかった費用は差額の234000円でした。2018年4月に惜しくも生産が終了しています。(同年9月からは、後継機としてSXP2赤道儀が発売されています。)
外観など
大まかなデザインは従来のSX赤道儀シリーズのテイストを受け継いでおり、現行下位機種のSX2赤道儀、SXD2赤道儀とは側面のプレートを除いて同一のデザインです。赤経・赤緯のモーターユニットがすべて赤緯軸のウェイト側に集中的に配置されているため、鏡筒を載せた際にウェイトが少なくて済むようになっています。軽い鏡筒であれば、ウェイトなしでも運用できるほどです。
ウェイトを取り付けるバランスシャフトが本体に内蔵できるようになっているのも同様で、三脚にネジ1本で固定できる点も含め、設置が非常に簡単なのも特筆できるところです。
サイズはSXD赤道儀とほとんど同じですが、重量はSXD赤道儀の8.8kgから11kgへと約2kgの増。赤緯体を下にして抱えて持つ分にはあまり重さの違いを感じませんが、三脚上に設置するため正位置に戻すとかなりズッシリとした感触です。
ちなみに、カタログ上の最大積載重量はSX赤道儀/SX2赤道儀の12kg、SXD赤道儀/SXD2赤道儀の15kgに対し、16kgとなっています。
SXD赤道儀からの変更点など
SXD赤道儀からの変更点ですが、触ってみて真っ先に分かるのは、軸の動きの軽やかさです。SXD赤道儀はクランプを解除しても軸の動きがしぶく、バランスを合わせるのにとにかく難儀しましたが、SXP赤道儀では非常に滑らかに回ります。ベアリングがSXD赤道儀の合計9個(ボールベアリング4個+ニードルベアリング5個)から15個(すべてボールベアリング)に増やされている効果でしょうか?
ただし、バランスに敏感で軸の回転が軽い分、油断すると設置中思わぬ時に軸が回転し、機材を破損しかねません。これについては要注意です。
また、望遠鏡の取り付け方法がアリガタ・アリミゾからネジで留める方式に変更になっています。具体的には、架頭にM8のネジ穴が35mm間隔で4対、計8個あけられています。いわゆる「タカハシ規格」ですが、これにより他社の鏡筒に幅広く対応できるようになっています。ビクセン規格のアリミゾは世界標準ともいえるもので、比較的小型の鏡筒を載せる分にはあまり困りませんが、長焦点鏡などでは強度が不足する場合もあるのでこの仕様は歓迎です。もちろんビクセン規格のアリガタ・アリミゾを利用することも可能で、その場合は別売の「プレートホルダーSX」を取り付けて使います。なお、SX2赤道儀やSXD2赤道儀では従来通りアリガタ・アリミゾのみの対応になっているので、ここが1つ大きな差別点になっています。
この構造で地味に「うまい」と思ったのは、赤緯クランプがネジ穴の位置に対してわずかに傾いていて、鏡筒をいかなる方法で取り付けた場合でもクランプと鏡筒とが完全には平行にならないことです。一見気持ち悪いのですが、この構造のためにクランプと鏡筒との間に角度が付き、SXD赤道儀などと比較するとクランプを締めやすくなっています。
鏡筒の取り付け方法に自由度が増したこともあり、望遠鏡をホームポジションにする際の目安となる位置指標は、赤緯軸周りの3か所のイモネジで動かすことができるようになっています。しかし位置指標は1か所しかなく、マルチプレートの有無など複数の構成を使い分けようとした場合、問題が生じます。一応、イモネジの1つが位置指標から90度離れた位置にあり、これを位置指標代わりにすることはできます(写真右)が、SXD赤道儀では位置指標が90度ずつ離れて3か所にあっただけに、なんとも惜しい作りです。
また、位置指標自体も単なる丸いポッチで、ライン状になっていたSXD赤道儀などと比べると正確な位置合わせがしづらいです。まぁ、ホームポジションが多少不正確であってもアライメントで補正されるので大きな問題ではないのですが、指標の形が従来と同様であればよかっただけなので、なぜわざわざこういう形にしたのか首をかしげざるをえません。
極軸望遠鏡の対物側のふたは、SXD赤道儀ではプラスチックだったのに対し、SXPでは金属に。また、ふたを外すとガラスがはめ込まれていて高級感があります。実用上はほとんど無意味だろうとは思いますが(^^;
赤緯体の側面パネルは、穴が六芒星形のいわゆる「トルクスネジ」で留められています。SXD赤道儀では化粧パネルをスライドさせて外したのち、普通の六角レンチを使えば内部に簡単にアクセスできたので、多少敷居が上がった感じ。トルクスレンチ自体は、今や入手は比較的容易ですが、穴が小さいだけに舐めそうで怖いです。調整が必要な場合は、基本的にメーカーに任せろ、ということなのでしょう。
そして、SXD赤道儀との間の最大の違いは、使われているモーターがDCモーターからステッピングモーター(パルスモーター)に変更された点です。これに伴い、コントローラも「STAR BOOK」から「STAR BOOK TEN」に変更となっています。
SX赤道儀までの世代では、自動導入の速さを重視してか、原理的に高速回転に向いたDCモーターを採用していました。しかし逆に、操作に対する反応速度や精密動作に難があり、眼視での使用はともかく写真撮影用途では性能不足を感じる部分が多々ありました(セレストロンの赤道儀など、DCモーター採用でも悪評をあまり聞かないものもあるので、モーターの選定や制御プログラムに難があったのかもしれません)。しかし、これがステッピングモーターに変更されたことで解消され、使用感が大きく改善されています。また、導入速度もSXD赤道儀が最大1200倍(対 恒星時)だったのに対し、最大1000倍と微減した程度で、ほとんど違いは感じません。ただし、消費電力は若干上がっているため、できれば大きめのバッテリーを用意したいところです。
なお、ビクセンの現行世代の製品はすべてステッピングモーターによる制御に置き換わっており、DCモーターとは決別した形になっています。
STAR BOOK TENについて
上記のとおり、SXP赤道儀のコントローラはSX赤道儀やSXD赤道儀で使われていた「STAR BOOK」ではなく、AXD赤道儀で使われているのと同じ「STAR BOOK TEN」が採用されています。元々が上位機種用のコントローラであるだけに、STAR BOOKと比較すると様々な点がグレードアップされています。
まず外観では、ディスプレイが大型・高精細になっているのが目につきます。表現力がアップしているのはもちろん、暗赤色主体の「夜間モード」表示を備えていること、バックライトの明るさ調整の幅が大きいことなど、観測者の目に優しい仕様になっています。STAR BOOKでは最低輝度にしてもディスプレイが明るすぎ、減光用のスモークフィルターをわざわざ別売していたことを考えると雲泥の差です。
また、各種コネクターの配置が改良されています。STAR BOOKではコネクターが一段奥まったところにあり、爪のあるLANケーブルやオートガイダーのケーブルなどの抜き挿しがものすごくやりづらかったのですが、STAR BOOK TENではフラットな本体底面にコネクターが設けられているため、そうした問題は発生しません。
コネクタ類が並んでいる隣には、別売の「アドバンスユニット」を装着するためのスロットがあります。カバーを外してここにアドバンスユニットを装着すると、カメラをつないでPCレスでのオートガイドが可能になります。ただ、現時点ではそれ以外の機能増強は発表されておらず、価格も考え合わせるといささか魅力に乏しい感は否めません。アドバンスユニットにはUSB端子も装備されているのにまったく利用されていないので、ソリューションを提案してほしいところです(GPSユニットとか?)。
実際に電源を入れて操作を始めると、レスポンスの良さに驚かされます。調べてみると、STAR BOOKのCPUはARM7 TDMIコアのCirrusLogic CS89712(70MHz)なのに対し、STAR BOOK TENはSH-4Aコアのルネサス SH7764(324MHz)。単純にクロックだけで見ても約5倍の差がありますし、アーキテクチャの進歩や機能面も考えれば、性能差はさらに大きいでしょう。キビキビと動いてかなり快適です。
キーの操作性は比較的良好。STAR BOOKの場合、ボタンが小さく形状がみな同じの上、互いに近接しているためにボタンの押し間違いが頻発していたのですが、テンキーとバックライトが装備されているSTAR BOOK TENでは、その心配はありません。ただ、ボタンの数が大幅に増えた一方で画面上での案内が乏しいため、操作を覚えるまではやや分かりづらい印象があります。また、本体左端のズームキーと右端の方向キーのデザインが全く同じため、混乱しがちです。パーツを共用できるので製造面では有利ですが、ユーザビリティの面からはせめて印字を変えるくらいの工夫はほしかったところ。いずれも慣れで解決できる問題ですが……。
機能面については、STAR BOOKと比較して大幅に強化されています。写真派にとって特に重要なのは以下のの2点です。
- 子午線越えの設定ができるようになった。
- 「極軸を合わせた望遠鏡」が選択できるようになった。
まず1についてですが、一般にドイツ式赤道儀で天体を追尾する場合、子午線を超えて追尾を続けると鏡筒が三脚などに衝突する可能性があるため、子午線を超えるタイミングで鏡筒を架台の西側から東側に入れ替える反転動作が必要になります。STAR BOOKでは、目標天体がわずかでも子午線を超えると、干渉の有無にかかわらず、無条件で姿勢の反転が強制されていました。写真を撮る人にしてみれば、たとえ干渉しないのが分かり切っていたとしても、最も天体の高度が高くなるタイミングで中断を余儀なくされる上、反転によってしばしば構図もずれるので大変不評でした。しかしSTAR BOOK TENでは、この反転のタイミングを自分で設定できるようになりました。鏡筒と三脚が干渉しないよう、自己責任で気を付けなければなりませんが、ここはありがたい変更点です。
次に2について。STAR BOOKでは、アライメントを行うと赤道儀の設置誤差などが計算され、常にこの計算結果に基づいて赤経・赤緯軸に修正動作が入ります。これにより、少々設置がいい加減でも目的天体が視野の中に入り続けてくれるわけですが……問題はこの「常に」という部分。たとえ設置誤差ゼロで赤道儀を設置したとしても、機械的誤差などのためにSTAR BOOKは「ズレ」を検出してしまうため、アライメントを行うと結果的に必ず修正動作が入るようになります。ところが、いわゆるガイド撮影を行う場合、オートガイダーは実際の星の動きを監視し、これがズレないように修正を行います。つまり、STAR BOOKによる修正動作とオートガイダーによる修正動作がバッティングすることになり、主に赤緯軸周りを中心に極めて不安定な追尾挙動を示すことになります。
しかしSTAR BOOK TENでは架台設定を「極軸を合わせた望遠鏡」にすることで、目標天体導入後に赤道儀が勝手な修正動作をしないようにすることができます。なお、この設定にした場合も、アライメントから天体導入までは赤道儀の「ズレ」を考慮した動作が行われるので、自動導入はスムーズに行えます。
このほか、自動導入の際に月や彗星、人工衛星といった恒星とは異なる動きをする天体を指定して導入すると、それぞれの固有運動にマッチした追尾を自動的に行います。
さらに、収録天体数が大幅に増えているなど、STAR BOOKとの違いは非常に大きく、さすがは最上位機種用のコントローラと思わされます。
実使用時の印象
設置自体はビクセンの他の現行機種と同様、非常に簡単です。特に迷うところはないはず。ただし、極軸望遠鏡を覗くために赤緯軸を回転させる場合、「スコープモード」に入る前の段階で操作しないと、望むところまで回らないことがあります。これはSTAR BOOK TENが赤緯90度を超えて、あるいは地平線下まで望遠鏡が回転することを防いでいるためです。
動かし始めてすぐ気が付くのは、動作音が極めて小さいことです。SXD赤道儀の場合、恒星時駆動の時でも「ジジジジ……」とそこそこ大きな音がしていましたが、SXP赤道儀ではほぼ無音。恒星時の1000倍速で自動導入した場合は、さすがに「ウィーン」とやや甲高い音がしますが、SXD赤道儀に比べれば多少マシな気がします。
肝心の追尾性能ですが、これはなかなか優秀。下にPHD GuidingにおけるSXD赤道儀とSXP赤道儀のガイドグラフを示します。なお、SXP赤道儀のセッティングはPEC無効、大気差補正OFF、バックラッシュ補正OFF、「極軸を合わせた望遠鏡」で行っています。また、PHD Guidingのパラメータはいずれもデフォルトのままです。
SXD赤道儀は過去最も追尾成績が良かった部分を抜き出したものですが、おおよそ±0.6以内に収まっています(縦軸の単位はガイドカメラのピクセルサイズ)。この数値だけ見るとSXP赤道儀と大差ないようにも見えますが、SXP赤道儀ではガイドが外れた場合に速やかに元に戻っているのに対し、SXD赤道儀では特に赤緯軸においてガイドが外れるとなかなか収束せず、100~150秒周期の大きな波となっているのが見て取れます。戻るのに時間がかかるため、結果、この間に撮影したコマはみな赤緯方向に伸びた像となってしまいます。
この傾向は度数分布を見るとさらに明らかで、SXP赤道儀では赤経、赤緯ともに±0.05の狭い範囲内に40%以上が入っているのに対し、SXD赤道儀では同じ範囲に30%以下しか収まっていません。しかも、今回使用したSXD赤道儀のデータについては過去最も良かった時のもので、普段はこれの倍ほどもばらつくのが通常でしたから、SXP赤道儀の優秀さがうかがえるというものです。
ただSXP赤道儀の場合、なまじ追尾性能がいいだけに、風や振動の影響が相対的に大きく感じられてしまいます(ガイドグラフで160秒前後の赤緯側のずれは風の影響)。SXP赤道儀においてアリガタ・アリミゾで固定する場合、プレートホルダーSXの厚み分だけ鏡筒が軸から遠くなります。そのせいで、赤道儀自体が強化されている割には風や振動の影響を受けやすくなっているということはありそうです。積載可能重量はカタログ上では16kgまでとなっていますが、ビクセンの基準値自体が眼視での使用を前提としている節があり、撮影用途に用いるならその7割くらいで考えておいた方がよさそうに思います。
まとめ
従来機種で不満が多かった点をしっかりつぶしてきており、総じて優秀な赤道儀という印象です。コントローラやモーターのレスポンスもよく、追尾精度にも不満らしい不満は感じません。また、STAR BOOK TENの使いやすさ、分かりやすさは大きなアドバンテージです。鏡筒の取り付け方の自由度が上がっているのも嬉しい点で、強固な固定が必須な長焦点鏡の利用を考えているのなら、SXD2赤道儀よりSXP赤道儀の方がなにかと有利でしょう。
しかし一方で、使いやすさやサポート面に多少目をつぶれば、今や同クラスの海外製赤道儀がより安い値段で手に入るのも事実。直接の競合機種であるタカハシのEM200 Temma2Zも、従来機からの値下げによって価格差が縮まっています。
「国産の安心感」と「分かりやすいインターフェイス」をどう評価するかというあたりが判断材料になりそうです。
(補足)いわゆる「クランプ問題」について
各所に上がっているSXPのレビューを見ていると「クランプを締めた時に軸がわずかに回転する」という問題を取り上げているところがあります。曰く、手動で天体を導入した場合などに、クランプを締めると鏡筒の方向がわずかに変わってしまうため使いづらい、こういう作りの甘さはいかがなものか……という話のようです。
なるほど、クランプを締めると、最後の締め込みの瞬間に軸がわずかに回転します。ただ、これをもって「問題だ!」とことさらに騒ぎ立てるのには賛同しかねます。
目盛環がないことからも分かるとおり、この赤道儀は全自動で用いることを前提とした設計になっています。そして説明書の手順に従って操作する限り、この動きは何の支障にもなりません(ホームポジションの設定時などにどうしても気になる場合は、動かないように手で押さえていればいいだけの話)。であるのに、手動で操作する際の使い勝手を云々するのはアンフェアです。例えてみれば、全自動洗濯機を前にして「洗濯板での洗濯がしづらいのは問題だ」と言っているようなもの。作り手側にしてみれば、マニュアル外の使い方をされた場合の使い勝手まで責任持てないというのが本音でしょう。
もちろん、クランプの締め付けで軸が動かないのが理想だとは思いますが、実用上はまったく問題ないのですし、もしその対策のためにさらに価格が上がってしまうくらいであれば、現状で構わないと思います。