光害になんて負けたりしない!東京都心でもできる天体観測

ビクセン ED103Sレビュー

概要

ED103Sは、SDガラス「S-FPL53」を用いた2枚玉アポクロマート屈折で、ビクセンの屈折望遠鏡の中核をなすモデルです。2004年12月に、従来機種である「ED102SWT」の後継機種として発売されました。当時の紹介記事によれば、色収差はED102SWTより抑えられており、特にg線(紫色)の収差が少なくなっていることでデジタル撮影における青にじみが抑えられているとのこと。また、従来機種がF9(焦点距離920mm)だったのに対し、F7.7(焦点距離795mm)に短焦点化されたため写真撮影に有利で、取り回しも良くなっています。

価格は暗視野ファインダー7倍50mm、鏡筒バンド、アタッチメントプレートWT、金属製キャリーハンドル、フリップミラーなどの付属品込みで定価204750円(税込)と、手ごろな価格に収まっています。実売価格は2~3割引きくらいのところが多いようです。

2017年6月には、光学設計はそのままに、ドローチューブ内の絞りの設計を改良して周辺光量を増やした「SD103S」へとリニューアル。2023年6月には対物レンズにあった錫箔(後述)をリング状のスペーサーに変更した「SD103SII」へと再リニューアルが行われています。SD103SIIの定価は264000円(税込)ですが、実売価格としては214500円(税込)程度で入手できるようです。

外観など

まず、鏡筒自体のスペックは口径103mm、焦点距離795mm(F7.7)、鏡筒長810mm、外径115mm、重量5.4kg(本体3.6kg)となっています。長さについてはフリップミラーを装着しても90cm程度にとどまっており、鏡筒の軽さやしっかりしたキャリーハンドルと相まって、非常に取り回しのしやすいものになっています。これなら気軽に外に出そうという気にもなります。

フードは引き抜いて取り外せるようになっていて、これを外すと対物レンズを収めたレンズセルが現れます。セルに光軸調整の仕組みはありませんが、屈折望遠鏡の場合、めったに光軸が狂うことはないので、これで十分でしょう。

レンズセルを覗き込むと、2枚玉のレンズ間隔を調整するための錫箔が3か所に見えます。よくある構造ですが、これが光路上に大きく飛び出しているため、写真を撮るとその影響が回折像となって現れます(後述)。眼視では影響はほとんどありませんが、気になる場合は、錫箔を隠すように円形の絞りを作って取り付けるとよいでしょう(口径が少し犠牲になりますが)。

鏡筒内には3枚の遮光環が設置されており、つや消しも良好です。そもそも、鏡筒の直径がレンズに対して十分大きいこともあり、鏡筒内の迷光の影響は少なめでしょう。

鏡筒バンドはすり割り式のもので、他機種と同様の構造です。キャリーハンドルはこの鏡筒バンドに取り付けられていますが、このハンドルのおかげで持ち運びや架台への搭載が非常に楽になっています。

ファインダー台座は接眼部の向かって左側に設けられています。右側の同じ位置にはタップが切られていて、別売の「アリミゾ式台座(ファインダー用)」を取り付けることでファインダーを反対側に移設することができます。しかし逆に言えば、別売部品を買わない限り、ファインダーを移動させることはできません。利き目が左目の場合、標準状態では大変覗きにくいので、最初から両側にファインダー台座を用意するか、あるいは台座が取り外し・交換可能な構造になっていればよかったかなと思います。

また、ファインダーは接眼部側から台座に挿し込む形になっていますが、抜け落ち防止の仕組みなどはないので、アリミゾの固定ねじの締め込みが弱いとファインダーが落下することがあります(実際、何度か落としました)。対物側から挿し込む形になっているだけでも危険性は大きく減るので、ぜひとも改良を検討していただきたいところです。(2016年3月、脱落防止機能の付いた「50mm用XYファインダー脚II」が発売されたので、この点は解決される方向になりそうです。)

付属の暗視野ファインダーは見口がゴムになっていて、眼鏡をかけていても覗きやすいものです。十字線は赤く光るのですが、明るさは広い範囲で調節可能で、点灯、光量調節のためのダイヤルも大きく使い勝手は良好です。あえて難を言えば、表からパッと見て電源が入っているかどうかが分からないので、うっかり点灯させっぱなしにしてしまうことがしばしばあります。これはもう、使用後すぐに電源を切ることを癖にするしかありません。パイロットランプのようなものがあればよかったかもしれません。XY式のファインダー脚は、昔ながらの3点支持のネジ式のものに比べると視差調整がやりやすく、一度セットしてしまえばめったに狂うことはありません。

ピントの調節はオーソドックスなラック&ピニオン式です。ローラーのテンションだけで支えるクレイフォード式と違って、スリップする心配はほとんどありません。ただ、ピントノブの感触はやや重く、ノブを回すと望遠鏡にかなり手の振動が伝わります。動きも相応に粗いので、眼視はともかく、写真などでの微妙なピント合わせにはあまり向きません。写真撮影に使用するつもりなら、別売の「デュアルスピードフォーカサー」は必須です。

接眼部の構成は上の図のようになっています。光路を切り替えることができるフリップミラーは非常に便利で、特に拡大撮影時、水平方向にカメラ、垂直方向にアイピースを接続することで、カメラの視野内に目標天体を導入するのが容易になります。一方で、フリップミラー自体の作りは光路切替ノブを含め少々安っぽく、実害はないものの、もう少し何とかならなかったかなとは思います。

また、フリップミラーは上の写真のようにSX60→50.8アダプターに差し込んでネジ2本で固定するのですが、カメラのように重いものを装着した場合(特に拡大撮影アダプター使用時など)、このネジが時間とともにしばしば緩んできます。かなりきつく締めても撮影後には緩んでガタガタになっていることが多いので、構造上の問題なのでしょう。撮影に使うつもりなら、後述のようにボーグの延長筒などを利用してねじ込み式のパーツで強固に接続するなど、なんらかの工夫した方がいいかもしれません。

性能

まず眼視での性能ですが、アポクロマート屈折らしいすっきりした像を結びます。輝星のまわりや月の輪郭などにも色収差はほとんど感じられません。コントラストも十分高く、惑星の模様もはっきりと見て取れます。もちろん、高橋製作所のTOAシリーズなどに比べれば見え味は劣るのでしょうけど、価格が倍以上違うのですから比べるのが無理というもの。十数万円でこれなら立派なように思います。

直焦点撮影時の星像(左:中央, 右:右上隅, EOS KissX5使用)

一方の写真性能ですが、こちらもまずまずです。一般に2枚玉アポクロマートでは、色収差と球面収差を補正すると像面湾曲や非点収差を補正する手段がなく、実際、このED103Sでも上の写真に示すように、周辺部の星像は長く伸びてボケます。しかし中心部はしっかりと点像を保っており、青ハロも見られません。しかし一方で、IRフィルター除去改造をしたカメラで撮影すると、強調の度合いによっては赤ハロが見られます。青ハロほど目立つものではないですが、画像処理の条件によっては少々気になるところではあります。

また、輝星では前述の錫箔の影響と思われる回折像が現れます。これはこれで「味」ではあるのですが、被写体によっては気になるだろうと思います。

スペーサー交換前後の星像

なお、2023年には「SD103SII」へとリニューアルされましたが、この際、この錫箔が廃止されてリング状のスペーサーを使う形に変更されました。結果、光路をふさぐ障害物がなくなり、星像もきれいな円形となりました。ED103Sなど旧鏡筒に対しても、スペーサーの交換サービスが行われているので、積極的に利用するとよいでしょう。

レデューサーED(F7.7用)使用時の星像(左:中央, 右:右上隅, EOS KissX5使用)

ED103Sには別売で「レデューサーED(F7.7用)」というレデューサーが用意されています。これを使うと焦点距離が795mm(F7.7)から533mm(F5.2)と明るくなり、写真に向いた仕様になります。しかし、このレデューサーを使うと、上の写真の通りAPS-Cサイズの周辺部でも星像が菱形に歪んでしまい、少々見苦しい感じになります。

レデューサーED(F7.7用)使用時の周辺減光(EOS KissX5使用)

また、周辺減光も大きめで、フラット補正をはじめとした画像処理を難しくします。比較的安価で入手しやすいレデューサーですが、性能は「それなり」と言わざるをえません。

そうした声に応えたのか、高性能製品のラインとして、2017年7月にビクセンからフラットナーとレデューサーをセットにした「SDレデューサーHDキット」が発売になりました。

これをEDシリーズ(SDシリーズ)の鏡筒で使用する場合、同梱されている「SDフラットナーHD」と「レデューサーHD」を組み合わせて鏡筒に取り付けます。これで焦点距離は0.79倍に短縮され、F値が明るくなります(795mm, F7.7→624mm, F6.1)。縮小率はレデューサーED(F7.7用)に比べるとやや控えめです。

SDフラットナーHD+レデューサーHD使用時の星像(左:中央, 右:右上隅, EOS KissX5使用)
SDフラットナーHD+レデューサーHD使用時の周辺減光(EOS KissX5使用)

星像は上の写真の通り、写野周辺部まで乱れの少ない優秀なものです。厳しく見れば、周辺部において星像の内側に青、外側に赤が見える形でわずかに「色ずれ」が見える(倍率色収差?)のですが、この程度ならあまり問題にはならないでしょう。周辺減光も、縮小率が控えめなこともあってか大幅に改善されています。

SDフラットナーHD使用時の星像(左:中央, 右:右上隅, EOS KissX5使用)

一方、「SDフラットナーHD」を単独で使うと、補正レンズなしの場合と比べて視野周辺部の星像が大きく改善され、四隅まできっちり点像を結ぶようになります。焦点距離は1.02倍に伸び、F値もわずかに暗くなります(795mm, F7.7→811mm, F7.9)が、その差は小さいので、撮影用として積極的に常用してよいと思います。

なお、SDレデューサーHDキットを旧来のEDシリーズの鏡筒に使用した場合、ドローチューブ内にある絞りの位置、形状の関係で、35mm判フルサイズのカメラでは周辺減光が大きく出るとアナウンスされており、それに伴い改修サービスが案内されています。しかし上の結果を見る限り、APS-Cまでのカメラであればほとんど影響はなさそうです。

まとめ

この機種の美点は、手ごろな価格と扱いやすさ、光学性能をうまくバランスさせた点にあります。単純な2枚玉の屈折なので温度順応などを気にする必要はなく、太陽も観測可能で観望対象を選びません。そして眼視では十分な性能を発揮し、天体写真もそこそここなす万能ぶり。凝った使い方をしだすとアラが見えてくる部分もありますが、普段使いの望遠鏡としては優秀で「最初の1本」としてもお勧めできるものです。

私が購入した当時(2011年8月)、同クラスに直接の対抗機種はありませんでしたが、現在だと高橋製作所のフローライトアポクロマートFC-100DC/DFあたりがそれにあたるでしょうか。スペック、鏡筒の性格、価格帯いずれも近いですが、コスト面を重視するならやはりこちらに軍配が上がるでしょう。

(おまけ)ボーグパーツによるカスタマイズ

上で書いたように、この鏡筒はSX60→50.8アダプターとフリップミラーの接続部が弱いのが難点で、特に直焦点撮影時には問題になります。そこで、直焦点撮影時にはこのSX60→50.8アダプタを外し、ここにボーグの「M57/60延長筒」や【7901】M60→M57/60ADをねじ込んでしまいます。一旦こうなってしまえば、豊富なボーグのパーツを自由に使えるので応用の幅は大きく広がります。【7352】M57回転装置DXや【7108】マルチフラットナー1.08×DGなどは便利に使えるだろうと思います。

直焦点撮影時のボーグパーツの利用例
ここでは鏡筒に【7602】M57/60延長筒Sを逆向きにねじ込み、【7459】M57→M57ADⅢで向きを逆転。その後ろに【7352】M57回転装置DXを付け、【7601】M57/60延長筒SSを介してカメラを取り付けています。これでガタは一切発生しません。

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