光害になんて負けたりしない!東京都心でもできる天体観測

天体望遠鏡を選ぶ前に

さて、双眼鏡で物足りなくなったあなた。次はいよいよ天体望遠鏡の購入を考え始めると思います。天体望遠鏡の選び方については他のサイトでも多く取り上げられていますが、ここでは基本的なところに加えて、都心部に住んでいる人が使うという観点も入れてみたいと思います。

収納場所の問題

これから望遠鏡を選ぼうというところで出鼻をくじいて申し訳ないですが、望遠鏡をしまう場所はあるでしょうか?

つい見落とされがちですが、特に都市部の小さな家に住んでいる場合には大きな問題です。望遠鏡は使わない時間のほうが圧倒的に長いので、その間、望遠鏡をどこにどうやってしまっておくのかを考えておく必要があります。通販だとなかなか実感がわきにくいですし、店頭で見る場合にしても、店頭と家の中、組み立て時と分解時とではかなり大きさの印象が違いますが、カタログなどに掲載されている寸法をもとに見積もってみると、想像以上に場所を取るものだというのが分かると思います。

なお、収納する場所があったとしても、それが押し入れや物置の奥など、アクセスしづらい場所の場合は要注意。出すのが面倒になって、文字通りの「お蔵入り」になる場合がしばしばです。

観測場所の問題

自宅周辺で望遠鏡を使える場所はあるでしょうか?自宅に広大な庭があるとか、田舎に別荘を持っているとかなら話は別ですが、特に都心住みの場合はこれが大きな問題で、思わぬところで制約が発生します。たとえば……

  • 近くに電車の線路や大型車の通る幹線道路がある場合や、強度の弱いベランダで観測を行う場合、振動を拾ってしまって高倍率での観測や写真撮影に支障をきたすことがあります。
  • 電車通過の振動
    路上で観測中、観測場所から数十メートル先の線路を電車が走っただけでこれだけの振動が発生しました。これでは観測どころではありません。
  • 住宅が近くに迫っている場合や、上空に電線が数多く走っている場合、観測・撮影できる天体・時間帯が制限されます。
  • すぐ近くに街灯がある場合、目元に来る光をさえぎらないと見づらくなるのはもちろん、光が筒先から望遠鏡に入り込んできて、見え味や写真写りに悪影響を与えることがあります。
  • ベランダのような狭い場所で使う場合、長さのある望遠鏡は使いづらくなります。
  • 都心で使う場合、空の状態が悪いので、あまりに高級な装置はいくら性能がよくても「宝の持ち腐れ」になりがちです(もちろん、こうした機器を使いこなしている方もいらっしゃいます)。

このほか、交通安全上の観点から言えば、路上での観測もなるべく避けた方がいいのですが、街なかの場合、これはある程度仕方ないでしょう。とはいえ、他の人や車の通行の邪魔にならないような配慮は必要です。

一方、車で郊外に運んで使うのをメインに考えるのであれば、かなり自由に機材を選ぶことができます。とはいえ、遠征を使用の前提にしてしまうと、どうしても使う機会が少なくなるため、なかなか使い方に慣れることができません。やはり自宅周辺でも望遠鏡を使うことができれば理想的です。特に初心者の場合、1にも2にも「頻繁に使えること、使うことが苦にならないこと」が重要だと思います。そうでないと長続きしません。「よく使う望遠鏡がいい望遠鏡」とよく言われますがまさにその通りだと思います。

いずれにせよ、最低限、望遠鏡を使う場所だけは事前によく考えておいてください。買ってしまってから、実は望遠鏡を広げられなかった、などとなったら目も当てられません。

望遠鏡の性能は口径で決まる

さて、ここからは一般的な話です。

巷の通販やホームセンターなどでは、やたらと高倍率を謳った望遠鏡が売られていることがあります。いわく「驚異!大迫力の倍率xx倍!」、「天文台に匹敵!最高倍率xx倍!」etc, etc……。こうした宣伝を見て、望遠鏡のことをよく知らない人は「高倍率の望遠鏡=性能のいい望遠鏡」と思ってしまいがちです。

通販広告の例
ネット上で見かけた広告。本体は口径50mm、焦点距離360mmというスペックですが、270倍の倍率であることを高らかに謳っています。

しかし、ここに罠があります。

望遠鏡を覗くと、遠くのものが大きく見えます。肉眼で見たときよりどれだけ大きく見えるか、その拡大力を示すのが「倍率」です。つまり倍率が高ければ高いほど、遠くのものを拡大してみることができます。

「大きく見えるならいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、話はそう単純ではありません。問題は「倍率が上がるほど像が暗くなる」ということです。

そもそも望遠鏡というのは、対物レンズ(鏡)によって遠くにあるものの像を近くに作り、その像をアイピースで大きくして見る器械です。ここでもし、対物レンズなどはそのままに、アイピースの拡大力だけ上げたらどうなるでしょう?対物レンズで集められる光の量は変わらないのに、像の大きさだけ大きくなるのですから、当然、像は暗く見づらくなります。具体的には、倍率が2倍に上がると明るさは1/4、3倍にあがると1/9になってしまいます。

また、倍率が上がったからといって細かいところまで見えてくるわけではありません。上に書いた望遠鏡の仕組みを考えれば分かりますが、望遠鏡で拡大されるのはあくまでも「対物レンズが作り出した像」です。つまり、いくら倍率を上げても対物レンズの性能以上のものは絶対に見えないのです。

口径6cmの望遠鏡で見たときのイメージ図
左が倍率100倍、右が倍率200倍のときにこんな風に見えるというイメージ図です。倍率が上がると像は暗くなり、見づらくなってきます。また、倍率が上がったからといって細かいところが見えるわけではありません。

例えば、新聞の写真を虫眼鏡で拡大しても、紙の繊維や印刷のツブツブが見えてくるだけで写真の細かいところまで見えてくるわけではありませんが、それとよく似ています。特に上の広告のような「望遠鏡のおもちゃ」の場合、レンズ自体の性能もお粗末なものですから、得られる像は推して知るべし、です。

なお、倍率は次の式で求められます。

倍率=対物レンズ(鏡)の焦点距離(mm)÷アイピースの焦点距離(mm)

これを見ると分かりますが、対物レンズの焦点距離を長く、アイピースの焦点距離を短くすれば倍率の数字自体はいくらでも上げることができます。このことからだけでも、倍率の数字だけを取り上げても何の意味もないことは一目瞭然でしょう。

大切なのは、対物レンズの口径……言い換えれば、どれだけ多くの光を集められるかです。対物レンズの口径が大きい望遠鏡ほど、暗い天体を捉えることができ、倍率を上げても像が明るく、また細かいところまで見ることができます。天文台の望遠鏡がやたらと巨大なのは、決して伊達ではないのです。

口径20cmの望遠鏡で見たときのイメージ図
左が倍率100倍、右が倍率200倍のときのイメージ図です。倍率が上がると像が暗くなるのは上の口径6cmのときと同じですが、元々の像が明るいので高倍率でも見やすくなっています。また、口径6cmのときに比べてより細かい部分まで見えています。

ちなみに、望遠鏡で出せる実用上の最高倍率は口径(mm)の2倍程度と言われています。これ以上倍率を上げても、像は暗くぼやけてしまい、まず使い物になりません。

というわけで、基礎性能を重視するなら「なるべく大口径の望遠鏡を選ぶ」というのがまずは基本線になります。

口径が大きければいいというわけでもない

ならば、口径さえ大きければいいか、というと、実際の運用を考えるとそういうわけにもいきません。口径が大きくなると色々と厄介ごとも増えるのです。

ひとつは予算の問題。望遠鏡自体、同じ形式であれば口径が大きくなるほど高価になりますが、それに加えて、当然大きく重くなってきます。そして、この大重量を支えるための架台も加速度的に巨大で高価なものが必要になってくるのです。さらに、もし本格的に写真をやるとなると、カメラや星を追尾するためのガイド鏡の重さも加わってきますので、その分の余裕も必要になります。載せるものの重さが5kg以下程度なら入門用の安価な架台でも大丈夫ですが、10kg前後になると数十万円の中型の赤道儀が、15kgを超えてくると国産では100万円前後もするような大型の架台を使わないとまともな運用が難しくなってきます。

また、上記のような大型の機材になってくると重量も大きく、機材の出し入れ、設置だけでもかなりの重労働になります。最初のうちは気が張っているのでなんとかなるかもしれませんが、そのうち大掛かりな装置を屋外に運び出すのが億劫になって休眠するのが関の山。そんな実例はしばしば見聞きします。

さらに、最初の方で書いたように、収納場所の問題もあります。

以上のような理由により、たいていはどこかで妥協することになります。一般的にみて、初心者が無理なく扱うことができる上限サイズは、屈折式なら口径10cm程度まで、反射式やカタディオプトリック式なら口径15~20cm程度まで。鏡筒の重量でいえば5kg以下、どんなに重くても7~8kgくらいまでだろうと思います(望遠鏡の形式については後述します)。個人差があるので絶対の基準ではありませんが、これ以上の大きさになると予算面でも運用面でもかなり大変になってきます。欲張るのは禁物です。

望遠鏡をどこで買うか?

天体望遠鏡をどこで買うか、というのは、実は非常に重要な問題です。というのもこの業界、一般の人の知識が乏しいのをいいことに、子供だましの粗悪品を売りつける悪徳業者が極めて多いからです。上で挙げた広告もそのクチですが、どんなひどい事例があるかは、ここでグダグダ説明するよりも「望遠鏡 買ってはいけない」あたりのキーワードでググると悲惨な例がゾロゾロ出てきます。

このように、残念ながら悪徳業者が跳梁跋扈する世界ですので、信頼できる製品が買えるところというのは逆に非常に限られてきます。

一番確実なのは、天体望遠鏡の専門店で購入することです。国内に数えるほどしかない上、大半が東京に集中しているのが難点ですが、なにしろその道のプロですから、ハズレをつかまされる可能性はほぼゼロと言っていいでしょう。理想的にはこうした店に実際に出向き、実物を見たり店員と相談して選ぶのが一番です。通販であっても、こうした店であれば質問に答えてくれるはずです。これらの専門店は「天文ガイド」や「星ナビ」といった専門誌に広告を出していますので、ここから近くの店を探すのが手っ取り早いでしょう。

次点は、光学機器も扱っている家電量販店などです。大型店舗では実機が展示してあることもあるので、作りなどを確認することができます。ただ、扱っている機種、メーカーが限られている上、知識の豊富な店員がいるとは限らないのが難点。その場で店員に相談しながら機種を決めるのはほとんど不可能と思った方がいいでしょう。また、展示されている望遠鏡には少なからず玩具レベルの機種が混じっていますので、一定以上の知識が必要です。逆に、自力でほしい機種を決めることができ、またその機種の取り扱いがあるのであれば、悪くない選択肢かと思います(大手の場合、ポイントもつきますし)。Amazonもこれに準じます。

そして、これ以外の場所で買えるものは、ほぼすべてが「地雷」ないし「地雷を踏む確率が極めて高い」と考えていいでしょう。オークションを含め、初心者が手を出すべきではありません。

何に使うかは(まずは)気にしなくていい

ところで、望遠鏡専門店や知り合いの天文ファンなどに望遠鏡の購入相談をすると「何を見たいのか?」、「どこで使うことを考えているか?」といったことを聞かれる場合がしばしばあると思います。

彼らがなぜこういうことを聞くかというと、目的によって最適な望遠鏡の形式などが異なってくるため。あらゆることにパーフェクトに使える「完全無欠の望遠鏡」は存在しないのです。

しかし初心者にとって、この質問に答えるのは非常に難しいものです。自分が初めてパソコンを購入したり、初心者から購入相談を受けたりしたときのことを思い出してください。「パソコンで何をやりたいのか」を聞いても、「SNSはもちろん、文書や資料の作成にも使いたいし、息抜きにゲームもしたい。YouTuberにも興味あるし配信も面白そう……」といった具合で、目的など絞れなかったのではないでしょうか?そう、初心者はとにかく色々やりたいのです。

望遠鏡も同じこと。月や惑星も見たいし、星雲・星団も見たい。日食があれば見たい。できれば写真も撮ってみたい。機材を持ち出して空の暗いところに行けたらいいなぁ etc、etc……となるのは当然のことです。経験を重ねてくれば、自分の興味や観測スタイルもおのずと定まってくると思いますが、最初のうちは「望遠鏡で何がどこまでできるか」がそもそも分からないのですから、目的など絞りようがありません。

なので初心者の場合、目的を絞るのが難しいようなら、あまり無理はしなくていいと思います。初心者向け望遠鏡に必要なのは、どんな目的にもある程度対応できる万能性と、気軽に使える軽快性、不自由さをなるべく感じない使いやすさだと思います。その上で、まずは色々な経験をしてみるのがいいのじゃないでしょうか。最初から特定の目的に特化しすぎた望遠鏡を選ぶと、せっかく他の楽しみ方があったのに見落としてしまうかもしれません(もちろん、目的に対して強い意志を持って臨むのなら、それはそれでよいことだとは思いますが)。

では具体的にどんなところに注意して選べばいいか、は次章以降で説明します。

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